東京地方裁判所 昭和32年(ワ)2186号 判決 1960年12月21日
原告 小倉米一郎
右訴訟代理人弁護士 吉田勇之助
被告 柳生つ弥
右訴訟代理人弁護士 大野曽之助
主文
被告は原告に対し金二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三二年四月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うべし。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決は原告が金七〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
≪省略≫
理由
原告の代理人である京野範宏は、昭和三一年一二月二七日原告のために被告との間に原告が被告よりその所有の東京都目黒区下目黒三丁目七〇一番地所在宅地一五三坪の内北側の水路に面した部分二九坪七合八勺(本件土地)を坪当り金二〇、〇〇〇円の割合で買受ける旨の契約をなし、同日手附金として金二〇〇、〇〇〇円を被告に支払つたこと並びに被告に、不動産仲介業である小林米太郎に本件土地の売却の仲介を依頼し、小林は、同業者である那須弘宜に右売却について協力を依頼したことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第一号証、乙第一、二号証に証人小林米太郎、同那須弘宜、同浦田道暢(第一、二回)、同京野範宏(第一、二回)の証言及び被告本人尋問の結果を綜合すると、京野範宏は、原告の女婿であり、浦田道暢は、僧侶でかねてから原告並びに京野と親交があつた。原告は、塗装業である京野の生計があまりよくないことから同人に副業として飲食店を経営させてその生計の一助とするため飲食店建築用地として適当な土地を購入したいと考えていた。京野は、原告の右の意図を浦田に話して適当な土地の世話を頼み、浦田は、終戦前から那須を知つていたので那須に対して適当な売地のあつ旋を依頼したが原告の前記飲食店建築の意図は那須には話さなかつた。このようにして、那須は、浦田から売地のあつ旋方を依頼されているとき偶々小林から本件土地の売却について協力を求められたので、直に浦田にその旨を話し、昭和三一年一二月二〇日頃浦田を案内して本件土地を実地について検分したのであるが、当時本件土地は焼跡であつて別紙図面の青斜線部分にも赤斜線部分にも建築物は存在していなかつた。しかして、右実地検分の際、那須は、浦田に本件土地は青斜線部分と赤斜線部分とを合したもので坪数は約三〇坪であると説明した上、互に、本件土地は、その西側は、目黒不動尊境内に通ずる公道に面し、南側は、私道に面する角地であつて商売をするのにはよい土地であり、しかも青斜線部分には焼失家屋の土台の基礎石も残つていて建築するのに好都合であると話し合い、青斜線部分と赤斜線部分との経界など全く両名の念頭になく、両名がその際問題にしたのは北側の水路の経界と南側の私道の経界で、北側水路の敷地は東京都のもので本件土地に相当くい込んでいると思われるから実際の坪数は現況の目測より相当減少し約三〇坪であろうと話し合つた。右の案内をうけた浦田は、本件土地は、疑いもなく青斜線部分と赤斜線部分を合したものであると思つたので、原告の購入目的に適合する土地と考え、その頃、京野を現地に案内して那須の説明と同様の説明を行つた。そのため京野に浦田と同様に本件土地は青斜線部分と赤斜線部分を合したものであると考え、原告のためにその購入を決意し、前記争いのない事実である売買契約を締結したのである。尤も、右契約締結に当つて、京野は、被告に対し本件土地購入の目的は住宅の建築である旨話した。このように、京野は勿論、浦田も那須も本件土地は青斜線部分と赤斜線部分を合したものであると考えていたが真実は、赤斜線部分のみが本件土地であつて青斜線部分は被告の所有するところではなく、赤斜線部分の実測は三一坪四合八勺であり、青斜線部分は約一七坪であることを認めることができる。右認定に反する証拠はない。右認定によると京野の認識した本件土地なるものと真実の本件土地との間には、一部一致しているものはあるが、前者が西側は公道に面し、両側は私道に面する角地であるのに対し後者は両側私道にのみ面するものである点において相異し、この相異は両者の同一性を害する程度のものであると考えられるから京野の錯誤は目的物の同一性に関する錯誤において、それが法律行為の要素の錯誤となるためには認識した物と真実の物とが価値を異にし、かつその価値の差異が一般的に契約の締結を左右する程度のものであることを要するのであるが、右にいう価値なるものは客観的価値であること勿論であるがその評価は一般的、抽象的に行われ得るものではなく、具体的場合における買主のその物の利用目的等一切の資料により考量されるべきであつて、右資料は必らずしも表意されることによつて契約の内容となつたものに見られるべきものではない。ところで、本件土地の売買契約における購入目的はその上に飲食店を建築することにあつたのであるから前記価値の考量は飲食店建築用地としてなさるべきである。この観点から考えると、京野の認識した本件土地なるものと真実の本件土地は、前者が西側において目黒不動尊境内に通ずる公道に面し東側は私道に面する角地なるに対し後者は両側において私道に面するのみである点で、その価値に格段の相異があり、右錯誤なかりせば何人といえども売買契約を締結しなかつたであろうと考えられる。してみると、京野の錯誤は、法律行為の要素の錯誤というべきであるから本件土地の売買契約は無効である。
進んで、被告の表意者である原告の代理人京野の錯誤は重大なる過失に基くものであるから本人たる原告は、その無効を主張し得ないとの抗弁について判断する。
(一) 前掲書証及び人証によれば、京野が原告の代理人として昭和三一年一二月二七日被告と売買契約を締結する際、被告は、京野並びに立会人である小林、那須に対し本件土地の実測図面(乙第一号証)を閲覧させ、その形状、坪数を十分諒解し得る機会を与えた上右図面の本件土地上に表示されている二九坪七合八勺なる坪数を売買契約書(甲第一号証)の坪数として記入し、関係者が右契約書に署名捺印したものであることはこれを認めることができるが、本件土地の所在、隣接地との関係について被告若しくは小林が京野に対して説明した事実は認められない。右認定に反する証拠はない。凡そ、土地の売買において、その所在を明らかにして同一認識を明確にするためにはその形状、坪数を明らかにするだけでなく、隣接地域との関係を明確にする必要がある場合が通常である。このことは、罹災土地の売買においては、その基準となる家屋、或いは経界標識が失われているため、仮に、当該取引において検尺、坪数の測定が行われても隣地との間に紛争を生ずる場合が多く、そのような場合には、必らずしも公簿上の坪数等によることなくその土地を囲む既設家屋、公道、私道、溝渠等によつてその同一認識を得てその範囲を確定する場合が多いことに徴しても首肯し得るところである。ところで、本件において右図面の閲覧のみによる形状、坪数を確認することによつて本件土地の所在、隣接地域との関係を明確にし得るかについて考えるに、右図面の閲覧による形状、坪数の確認だけでは、本件土地は、西側の公道に面して所在するものか、或いは、宅地(青斜線部分)に接して所在するものか通常人に必らずしも明確に判断し得るものではない。即ち、右図面には、被告所有地の坪数等測量の結果は詳細に記入してあるが、その四囲の状況は詳細には記載されておらず、殊に、錯誤の生じた本件土地の西側には本件土地と北側水路に沿つてかぎ状に一間二、三分の巾で点線を施し、褐色に着色した部分があり、この表示は、これが道路を表示するものか私有地を表示するものか極めて紛らわしいものである。このような図面を相当時間閲覧したからといつて本件土地を知悉する者の説明なき限り本件土地の所在、隣接地域との関係を明確に把握することは通常人には期待し難いものである。さらに、前掲那須、小林証人の証言によると小林が那須に対し本件土地の売却について協力を依頼した際、小林は、那須に前記図面の本件土地部分を写させ、図面について本件土地を指示しただけで、西側が他人の土地に接し、公道に面するものでないことの説明を行わなかつたのみならず、南側の私道はこれを廃止し、北側水路沿いに私道をつけるのが目黒不動尊境内に出るのに便利である旨附加して話し、しかも、その計画が実現するのについて何等かの条件或いは障害がある旨の語り方をしなかつたので、那須は、それはよい案であるといつてその実現に同意したこと、那須は、本件土地の近くに住居し本件土地附近は未知の土地ではなかつたことが認めることができる。右認定に反する証拠はない。右認定によると小林の那須に対する説明は不十分であるだけでなく、南側私道を廃止してこれを北側水路沿いにつけかえるのが便利であると附加したことは那須の誤解を導くのに十分の根拠を与えたものといえる。というのは、本件土地が西側において公道に接するものでなく、青斜線部分が他人の土地であるとするならば、その所有者の承諾なしに赤斜線部分の所有者の一存で私道のつけかえができるものではないのであるから右のような計画がたやすく実現するような話を聞く者は青斜線部分も被告の所有地であると解することは自然であるからである。一方、那須が小林の右のような不十分で曖昧な説明でたやすく本件土地は青斜線部分を含むものと誤解したのは那須が本件土地附近を知つていたことが却つて注意を怠らしめたものであると考えられるが、いささか軽卒であつたといえる。このように被告側の仲介人である小林の不注意に端を発して、誤つた先入観を植え付けられた京野に対して極めて紛らわしい前記図面を閲覧させたため却つてその錯誤は助長されたものであつて、右図面を閲覧させたからといつてその錯誤に不注意の責むべきものがあるとすることは到底できない。(二)前段認定によれば、青斜線部分は、約一七坪であり、本件土地である赤斜線部分は実測三一坪四合八勺であるが、売買契約に際しては二九坪七合八勺として契約されたものであり、京野は、青斜線部分と赤斜線部分を合したものを本件土地と誤認したものであるから、京野は、約四八坪四合八勺の広さを二九坪七合八勺と考えたものであると云える。被告は、通常人の目測を以つても四八坪の広さを約三〇坪と誤ることはないのであるから京野のそのような誤認は甚だしく通常人の注意義務を怠つた結果であるとし、殊に、赤、青斜線部分は明瞭な経界線を以て劃されているから京野の錯誤は重過失に基くものであると主張するけれども京野が錯誤を生じた経緯と検証の結果(第一、二回)によれば京野の目測の誤りは必らずしも通常人の注意を怠つた結果とは認め難く、赤、青斜線部分の接触箇所に青斜線部分に存在した焼失家屋の土台の基礎石が南北に一線となつて存在するけれどもこれによつて両地の経界が分明であるとは認め難く、他に経界を分明ならしめるに足る標識はない。従つて、京野が前記目測を誤つたからといつて重過失の責任があるとはいい難い。(三)被告は、本件土地の売買契約を締結するに当つて実測図と現地とを照合して調査すべきであつたのにこれを怠つたことはその買主たる被告の代理人として甚だしく注意義務に違反するものであると主張するけれども、土地の売買契約において買主或いはその代理人が常に原図に即して現地を調査するほどの注意義務を負担するもとはいえず、これを行わなかつたからといつて甚だしく注意を怠つたものとはいえない。
以上の判断から考えると京野の錯誤には全く過失がなかつたものであるとはいえないけれども、少くも重大な過失があつたとは考えられないから被告の抗弁は採用できない。
してみると、原告は、被告に対し本件土地の売買契約の無効を主張し得ること論をまたないところである。しかして、このように無効な売買契約に基き手附金が授受された場合、売主は、法律上の原因なくして買主の損失において手附金相当額の利益をうけ、かつ右利益は反証なき限り現存しているものというべきである。従つて、被告は、原告に対しさきに受取つた手附金二〇〇、〇〇〇円の返還をなすべき義務を負担するものである。しかして、右返還義務の履行期は、原告が被告に対してその返還を催告した時であり、その時より被告は遅滞の責に任ずべきものであるところ原告が昭和三二年三月一六日被告に到達した書面を以て右金二〇〇、〇〇〇円を右書面到達の日から三日以内に返還すべき旨の催告をなしたことは当事者間に争いがないから、被告は、原告に対し右期間の経過を以て履行遅滞にあるといえる。従つて、原告が被告に対し金二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する被告が履行遅滞になつた後である昭和三三年四月一三日以降完済に至るまで年五分の割合による損害金の支払を求める請求は理由がある。
よつて、原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 西山要)